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火の鳥 異形編

うおお!雷の表現すげええええ……

「除音礼能音」
じょおんれいのうおん?あ!ジョンレノン!?!?

そこそこ序盤で、尼さん=左近介だろうなとわかっちゃったけど、それは類似の作品を見たり読んだりした後の今の時代と今の年齢で読んでいるからであって、おそらくこの作品が私が今まで触れてきた類似作品の元ネタのひとつなんだと思う
なんなら経過年数的にも、火の鳥シリーズ(親)→火の鳥に影響を受けた世代が作った作品(子)→子作品に影響を受けた世代が作った作品(孫)→繰り返し… 私が今見てる作品は孫~ひ孫世代で、元ネタの元ネタの元ネタが火の鳥異形編の可能性までありえる

する~っと読んでしまったけど、後から振り返ってみると、「事情があるとは言え、父にそのまま死んで欲しいのなら尼さんを殺さずに父を殺せばいいのに。尼さんとばっちりすぎる」という感情に応えるようにちゃんと報復があった

異形が出てくる必然性はよくわからない…別にここは貧困層の人間たちでも成立するなと思った この時期の手塚先生が妖怪をうじゃうじゃ好きなだけ描きたかった、とかだったら納得する
→2回目読んでわかった 左近介の償いは人間の枠や地球の枠に収まらない、別次元や異世界や異形の者達にも捧げられるものである必要があったんだ、左近介が解脱するために
鬼の姿の妖怪に怯える可平に「苦しさと怨みが強ければ鬼に見えることもある」と言い切る左近介めっちゃいい 自分もさっきまで妖怪めって言ってたのに、傷ついて泣いている妖怪を治してあげたら覚悟決まっちゃうし全員入れろって可平に命令しちゃうし 最高

一回目は保身のために尼さんのフリ→傷ついた平民のためにもう一度尼さんのフリをしてやろう→いよいよ坊主にして尼さんのフリを毎日繰り返す
火の鳥の羽で撫でるだけで完治するのに、途中からは傷ついた異形たちの身体を手ずから拭いてあげる変化がよかった
尼さんの修行こそしてないけど、フリじゃなくて本当に尼さんになったんだな
親父が幼い左近介に「血を止めたらさっさと出てこい!」と怒鳴ったのと、己の手で異形たちを止血してあげる尼さん左近介は対の存在なのかも

死にかけだった母ちゃんが生き返った!のコマ、一息つける軽めのギャグなんだろうけど、ブラックユーモアなんじゃないかこれは…!?生き返ったというより、「死体のまま動けるようになった」って感じだ…

これまでずっと「ファッキンクソバードと呼ばれてるゆえんはそこまでない、むしろ人知を超越した存在なんだからこれくらいでちょうどいい」と思っていたが、この話で初めてクソバードだなと思った
戦を起こして千人単位で人殺しまくってる親父の前には現れず、親父を治そうとした尼さんを殺した左近介の前にだけ現れるのは理不尽じゃないですか?
これは「事情があるんだから左近介を見逃してよ」という意味ではなく、「人殺しが許せないんなら親父の前にも現れたら?」という当然の疑問です

親父は罰無しで左近介には罰を与えるの、「そういうシナリオだから」「火の鳥がそういう気分だったから」以外の道理が見えねえよ
逆に言えば「神は気まぐれ」「目をつけられた左近介はめっちゃアンラッキー」の一言で済むと言えば済む

でも逆に親父の前にも火の鳥が現れたら、手塚治虫が描きたかったテーマからブレるのかも
「戦は駄目です、死になさい」だったら当たり前すぎるもんな
「お前は父から逃れたいあまり父の病を治そうとする罪なき尼を殺しましたね。お前はお前に殺され続ける地獄に未来永劫閉じ込められるのよ!!」まあわかる

可平はいいキャラだな
左近介と一緒のコマに収めるために妖精みたいに自然に浮いてるコマが特によかった 説明一切無しで 手塚先生の漫画だなあという感じ
若い頃の自分に殺される運命を悟った左近介に泣いて縋られて何も言えない可平のコマもよかった

可平はのちに、土佐光信の弟子になり土佐光慶と号した 有名な「百鬼夜行絵巻」は光信の作となっているが 光慶はかつて写しとった患者たちの絵を師匠に見せて イメージを作る助けをしたという話である

あ!オリキャラによる実在人物功績かすめ取りオチ!オリキャラによるかすめ取りオチじゃないか!
私は「歴史上の人物の功績は実はワイのオリキャラのおかげなんです^^」というのが大の苦手で、ヘタリアと鬼灯の冷徹と劇ドラ月面探査記が苦手なのはこのため 実在する人物が成した功績のかすめ取り、普通に気分が悪い
まさかここで被弾するとは思わなくてわろた

だからこそ、ウマ娘に燃え萌えしてる時に見かけた、「競走馬の勝歴は馬と騎手、調教や師調教助手、厩務員といった数多くの人たちのおかげであって、ひらひら衣装の萌え美少女キャラとオタクの自己投影先トレーナーの手柄じゃない!グラスワンダーは線の細い美少女じゃなくてガチムチの牡馬!」という怒りには、「もう本当におっしゃるとおりです、すみません」と一も二もなく心のなかで謝ってた ヘタリアや鬼灯を嫌いながらウマ娘に萌えてた私の脳天に、ブーメランがぶっ刺さってたわけです

でもなぜか、今回はあんまり気にならなかった
こんな昔からあったのかよわろた、手塚先生でもこういうオチにするんだ程度で、他作品みたいに「気ぃ悪いわ!」とはならなかった
なんでだろ 漫画の神様手塚治虫大先生だから?だとしたら権威主義すぎるな
可平はあくまでサブキャラだから?最後にサラッと出ただけだから?ヘタリア鬼灯ウマ娘はそれ(=功績かすめ取り)がメインコンテンツですらあるから?

「チ。地球の運動について」も、あれこそ実在人物の功績かすめ取りを直球ド真ん中でやってる作品なんだけど、これも全然気にならなかった
あそこまで全キャラが人生と命かけてると納得するしなかい迫力と説得力が生じてる
地動説に詳しい人が苦言を呈している記事はあったけど、競馬ファンがウマ娘に怒ってたのと同じで、私に反論なんてあるはずがない

作家が全然キャラ萌えしてなさそう、キャラクターたちは(いい意味で)物語のための駒扱いでしかないのも大きい
仮にチ。作家が「誰よりも賢いラファウ萌え萌え」「解放戦線リーダーになったヨレンタ萌え萌え」とかしてたら(内心してる分には全然大丈夫だけどそれが漫画の中で表現されたら)、話が一気に陳腐になってたもんな
地動説のためにみんな潔く死ぬから功績かすめ取りになっててもお目溢しになってるところがあると思うんですよ
地動説をオリキャラの魅力バフとして都合よく使っているのではなくて、その逆で、オリキャラは地動説のために一生を費やして奉仕して、命を燃やして死ぬ存在でしかない オリキャラは地動説の魅力バフ ヘタリアや鬼灯とは真逆

特に大人ラファウなんてわざわざ成長させて、ifの存在?的にしれっと復活までさせたのに、復活させてやったことは地動説のための人殺しだし、ナレ死だったし 地動説のために自死した少年ラファウ、自爆したヨレンタ、処刑されたオグジーとバデーニ、力尽きたドゥラカとは明らかに毛色の違う最期だった あれはキャラ萌えしてたらできない種類のキャラの再利用だと思った

もし、「チ。の作家だって何かに萌えているに違いない」と邪推したがる読者(私とか)がいたとして、それを作品から読み取ろうとするなら、その対象は確実にキャラではなく「地動説」だしね あれは地動説というファムファタルに魅せられた人たちが地動説のために死ぬ物語だから

ヘタリアと鬼灯は、あれは作家が見るからに「実在人物の功績は実はワイのオリキャラのもの/オリキャラのおかげなんです^^」萌えしまくってるのが伝わってくるから嫌悪感があるんだろうな

ならウマ娘にも嫌悪感覚えないとおかしいだろ ダブスタクソオタクの自覚はあります

言い訳するなら、「ウマ娘トウカイテイオーは競走馬トウカイテイオーの別の姿であるから、功績のかすめ取りは発生してない。トウカイテイオーの手柄はトウカイテイオーから動いていない。一方、ヘタリアや鬼灯は完全に作中オリキャラのものになっているから、手柄がもとの人物からオリキャラへと移動している」……なんだけど、これもヘタ鬼灯ウマどれにも萌えてない人から見るとウマ娘オタクがのたまう苦しい言い訳だと思う

さらに言い訳するなら、ウマ娘はおいしいところだけじゃなくて怪我も骨折も挫折も絶望もしまくってるから……でも競走馬サイレンススズカやライスシャワーは骨折して走られなくなって安楽死だったのにウマ娘では引退すらせずにリハビリ復活までさせてもらって死んでないだろと言われたらまったく反論できねえ

仮にウマ娘というコンテンツが「ワイらが考えた美少女ウマ娘トウカイテイオーめっちゃ萌え!史実で有馬記念勝ってるんだからこの子にも当然勝たせます笑」のノリだったら速攻でヘタリア鬼灯と同じ箱に入れて封印してただろうな

…あ、それこそ外からはウマ娘という作品はそう見えててもおかしくないのかも
牡馬も牝馬も全員女の子だし、怪我で死なないし、殺されないし、かわいい衣装や水着で走るし、ウイニングライブやるし、ギャンブルをクリーン化してるし…それだけじゃないんだけど、外からはそう見えてもおかしくないのかも…
(わざわざ書くことでもないけど、もちろん死んだり殺されたりして欲しいわけじゃないし、かわいい衣装や水着で必死に走る姿もウイニングライブも大好き)

つまり、歴史上の実在人物の功績を作家のオリキャラがかすめ取っている形になっていても、「歴史に真剣に向き合った結果そういう表現になってた」(チ。)り、「あくまでサブストーリーにとどまってた」(可平)りする場合はそこまでモヤらずすんなり飲み込めるんだろうな
メインコンテンツになるともう駄目 ウマ娘に萌えてるくせに…?

仮に、可平が主人公の物語で、「実は〜葛飾北斎の画風に影響を与えたのは可平で〜歌川広重の東海道五十三次も可兵の存在があって描かれたもので〜俵屋宗達の風神雷神も可兵のおかげで~!」とかやられてたらさすがに天下の手塚治虫と言えど見損なって激萎えしてたと思う

これをシラフで大々的にやってるのがヘタリアであり鬼灯であるので……苦手な理由を深掘りすればするほど苦手が補強されていくな

いやでもどうだろう?
もし手塚先生が描いた「可平ツエーあれもこれも可平のおかげ漫画」があったとして、今私は「確実に引く」と思ってるけど、実際次に手に取った手塚治虫漫画がそれだったとしても「へ~神もこういうの描くんだ、おもしれ~」くらいのテンションで終わらせてしまうのかもしれない

うーん、でもそれは、多作すぎる(700タイトル以上あるらしい)漫画家の作品のうち、ひとつふたつくらい「オリキャラツエー漫画」があったところで、「まあそういう作品が描きたい時もあるわな…」で済ませられるからであって、ヘタリアや鬼灯はあれが作家の代表作・看板作だからどうしてもその印象が強くなってしまう
今後、オリキャラ無双じゃない作品を作りまくってくれたらこの印象もなくなると思う
現に鬼灯作家の次作出禁のモグラを7巻くらいまで読んだけど、今のところ功績かすめ取りはなくて、「あ!アレやめたんだ!よかった!」ってほっとしたし

ずっと「実在した人物が成した功績を、その人の死後、後世の作家がオリジナルキャラクターの手柄にして作品を発表する是非」という道徳的な視点で語ってきたけど、もっともっとシンプルに「面白さ」に貢献しているかという視点も大事だと思う

「うおお!地動説の証明!熱い!!復活の有マ記念!熱すぎる!!え!?オリキャラによる実在人物(実在競走馬)の功績かすめ取り!?細けぇこたぁいいんだよ!!」と思わせるくらいのストーリーの熱さや面白さで、私のようなめんどくさい読者を捩じ伏せてくる燃料になっているのか

ヘタリアや鬼灯もかすめ取りをやって熱くて面白いストーリーを描いてくれるなら話は全然違ってくるけど、かすめ取ってやってることはオリキャラスゲー描写や軽いギャグで、別に熱さや面白さに繋がってるわけじゃない、少なくとも私にはそう見える…

はっきりしてきた
結局「面白かったら何やってもOK!」なんだ
暴力的なまでの面白さと熱量で薙ぎ払ってくれたら気にならないんだ
「こんなに面白くて熱いストーリーを前にしてそんな些末なこと気にするなんて野暮すぎるだろ!」と思わせるくらいの熱量がいるんだ

功績のかすめ取りをするならかすめ取ったそれでめちゃくちゃ面白い話を描いてくれよ、しょうもない使い方すんなよと思ってるんだ
面白い使い方だったら全然いいんだ
あー、なるほどね、すっきりした

ありえんくらい脱線した 楽しい脱線だった
一旦頭をクリアにして改めてこのオチを見てみると、可平が絵師の道に進めてよかったと思えた
左近介も言ってたけど、左近介のとばっちりで三十年も幽閉されて、それでも三十年間左近介に尽くしまくった忠義に熱い男だから、燃え尽きたり精神を病んだりせずに新しい人生を始められてよかった

火の鳥がファッキンクソバードと呼ばれるゆえんはここにもあるかも 左近介が時間に閉じ込められる理由は火の鳥が述べてたけど、巻き込んだ可平のことは一言も言及してなかったし…なんなんだこの鳥は…

別れの際、左近介の「お前は絵がうまい 絵師になれるかもね」という言葉が彼を絵師への弟子入りに導いたのは言うまでもないだろうし、可平がタイムループから抜け出したすぐ後に殺される運命の左近介がくれた最後の言葉にすがってるのかもしれない

タイムループからぬけだした可平はループ外の通常世界から見たら「左近介のお供として寺に行ったと思ったらすぐに三十年分老けたおじいさんになって帰ってきた」状態になっちゃってるだろうし、左近介のいないお城に戻る理由もないし、そもそも可平だと信じてもらえるか怪しい
絵師に弟子入りしたのは怪しまれない新しい環境に身を置いて過ごせるという意味でもちょうどよかったのかも

今回の猿田枠は左近介の父で、今回は鼻癌
満たされて…ないですねぇ〜今回も…


いいんかこんなこと言いまくって
ここまで言ったからには、今後私が「実在人物功績かすめ取りオリキャラ」で話を描く際にはめちゃくちゃ面白く、めちゃくちゃ熱くしないといけない まあそんな予定はないけれども…
や、やってやりますよ…震え声