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孔英小説

的、狙い撃ち!

「あの子ってなんなの?」

あれよあれよという間に舞台を整えられ、夜ごとマイクを握って英子の歌とギャラリーを盛り上げるようになったKABEが、出番を終えてカウンター席に滑り込む。一仕事こなした彼をもてなすのはバーテンダーの孔明で、座るとほぼ同時にKABE好みのドリンクが差し出された。
「あの子」とは、KABEが抜けた後もステージに立ち続けて歌っている月見英子のことだ。
彼は、衣装かと思いきやずっと軍師姿でいる孔明を指して「いつもあの格好?」と英子に聞いていた。英子を歌姫と称え、かしずき、天下泰平の要と言って憚らない孔明を見ている上、そもそも自分を仲間に欲しがったのはその英子のためだというので、孔明の彼女への献身はただごとではない印象になっている。英子も孔明の忠義や称賛に照れまくりながらも無下にはしていない以上、一方通行の好意ではないようだから、ふたりの結びつきは相当固いと踏んで、孔明のことは英子に聞き、英子のことは孔明に聞く……という回路がKABEの中に自然と出来上がっている。

「ふふふ…」

それに気を良くした孔明は、KABEは彼女を理解しようとプロフィールを聞いている(たとえば、なぜ歌手を目指しているのか、孔明とはどうやって出会ったのか、そういったことだ)と当然わかっているのに、あえてすっとぼけてKABEが欲しい答えを寄越さなかった。
もし彼が気まぐれでBBLoungeを訪れた一見さんだったら、プロデューサーとしてずらずらと彼女を称える美辞麗句と口上を述べてEIKOを売り込み、常連客にしていたところだけれど、相手はすでに懐に抱き込んだKABEだ。英子については今後いくらでも説明の機会はある。
だから孔明は遠慮なく、ずっと言ってみたかったことを言った。ライトを浴びてきらきらしく輝く英子を見つめ、華やかな歌声に耳を澄まし、自然と弧を描く唇を片袖で優雅に隠してから、最後にKABEに流し目。
今KABEに向けているそれは理知的で余裕たっぷり、涼しげですらあるのに、楽しく跳ね歌う英子を見やった孔明の眼差しときたら大変な熱を孕んでいて、日の光に焦がれているような信仰を隠しもしなかった!
袖の下から流麗な美声で飛び出すのは、なんてことはない、軍師の主人age、そして英子とその歌声にめろめろになっている孔明渾身のおノロケだ……

「私の主です」

レフェリーをしながらも英子の隣にいるのが赤兎馬カンフーだと気づいたオーナーの数段上をいく孔明はステージ上でKABEを煽りつつ、一方で赤兎馬に「私の軍師です!」、素晴らしいドヤ顔で英子が高らかに声にしたことも読唇術なり密偵なりを使って抜け目なく把握していて、なんなら観客のどよめきの中から英子の声を耳ざとく拾ってすらいた。
直接孔明に向けたのではない英子の宣言は、それ故に世辞などではなく心からのもので、彼女の言葉は深く孔明に染み入り、何度も胸の中で反芻させ、同じことを言ってみたいと思わせ……好機を得た彼はこれを見逃さず、いよいよ言ったのだ。英子が赤兎馬にノロケたのなら、孔明がそうする相手は赤兎馬と双璧を成すKABE太人を置いて他にはいない。


先日の赤兎馬と同じ立場に据えられてしまったKABEは、気の毒なことに急にあてつけられて「あ、そう…」と言葉少なに返すほかなく、言いたいことを言えてご機嫌の孔明に追求なんてできなかった。

(つまりこのふたりって…普段から主従プレイってことか…?)

孔明のノロケはKABEを大いに訝しませたのだが、それすら孔明の手の上で、もしかしたらこれを言いたいがために最低限の英子の情報すら教えないまま舞台に立たせ、まんまとKABEから質問を引き出し、さらに英子には手練れの軍師がついているのだからよこしまな想いなど抱かないようにと強力な「虫除け」を炊いたのかもしれない……?
いやさすがに考えすぎ、とは言い切れないのが恐ろしいところで、なにせこの孔明だもの、有り得ない話ではなかったが、この話はこれで終わりと双方が認識したので、真相は真夜中のクラブの底に沈んでしまった。